文庫の成立

初対面の人となぜ3分で深い話ができるのか日本で今後間違いなく問題になってくるのは、コミュニケーション能力だろう。 なぜなら、社会で求められるコミュニケーション力の水準が高くなってきている一方で、その能力が低下傾向にあるからだ。
日本語力が低下したと同時に、うなずくなど、体でのコミュニケーション力もまた落ちてきている。 テレビを見ている時は、自分の方から何も発信しなくてもよい。
また受け手としてテレビにレスポンス(応答)しなくてもテレビは文句を言わない。 その癖がついているので、人と会話をする際、自分の体全体で相手に応答する習慣がない世代が増えてきたのだ。
コミュニケーション不全症候群。 という言葉が出てきて久しいが、そういう人々は一層増えている。
私が若い人と付き合って感じるのは、友だち同士のコミュニケーション能力はさほど落ちていないということだ。 中学生でも高校生でも大学生でも、友だち同士に限れば、意思を伝え合うことはできる。
たとえ自分の一吉いたいことを一方的にしゃべるだけであっても、彼らの間では了解済みであることが多い。 その典型が「ていうか」という言葉である。
この言葉で一気に今までの文脈を断ち切って、自分の話題に持っていく。 同様に相手もそれをやるわけだが、といってお互い気まずくなり、仲が悪くなることはない。
たしかに短時間に双方が言いたい事を言う場合は、この方法は非常に効率がいいに違いない。 だから大人が表面だけ見て、若い人たちがお互いの会話に反応しないと決めつけるのは、少々見当はずれである。

それで問題がないというわけではない。 プライベートな関係では、自分勝手な会話や少ない語葉でも許される。
だが友だち以外の人間関係には通用しない。 たとえば知らない人と出会い、自分にとって有意義な情報を得ていこうとする場合、そのやり方ではとうてい無理だろう。
知らない人と出会う少しパブリックな関係、つまりプライベートとパブリックの中間段階でのコミュニケーションが、実はいちばん大切なのである。 何百人もの人を前にして、しっかり書き言葉のように話せといわれでも、万人ができるわけではない。
初めて会う人と3分後には深い話ができ、相手の専門的な知識や話題を、たとえ自分は素人でもきちんと聞き出せる能力があるかないかは、その人の人生の豊かさを決定づける鍵になる。 出会いが人生の豊かさの質を決めるのである。
初めて出会う人と、どれだけ短い時間で濃密な対話ができるか。 実はここに社会で生き抜く力の差が生まれてくる。
これからの社会で間違いなく必要とされるのは、「段取りカー」と「コミュニケーションカ」だ。 自ら動き、組み立てていく力を学校教育はおろそかにしてきた。
拙著『「できる人」はどこがちがうのか』( T 新書)で私が述べた3つの力は、教えられなくても自分でポイントを盗んで技をマスターする「まねる(盗む) 力」と、これと連結する「段取り力」、その上で要約し、質問できる「コメント力」である。 この3つが社会で生き抜いて行くために必要な力である。
社会人に聞くと、「確かにその3つがあれば生きていける。 自分も学校教育ではあまりその力は鍛えられなかったが、社会に出たとたんに3つの力の必要性を痛感している」と語る人が多かった。

その中の「コメント力」は、まさにコミュニケーション能力そのものであるといってよい。 「コミュニケーション力は大切だ」と言われ続けながら、その低下傾向に歯止めがかからなかったのは、「コミュニケーション力」とい〉22日葉の概念があまりに漠然としており、それを伸ばすための具体的なコンセプトがなかったからである。
私はその言葉の概念を本書でクリアにしておきたい。 たしかにカウンセリングでよく用いられる「聞く技法」のようなメソッドはある。
たとえばよく言われるアクティブリスニング(傾聴) は、相手に対してうなずきながら、本音を聞きだしていくというやり方で、これを日常生活でも活用しようという動きがある。 聞く構えを作るという意味では悪いやり方ではないと思うし、私も試してみたことがあるが、現実の対話シーンにはそぐわないことも多い。
一方が他方をクライアント(患者) とみなし、その痛みを和らげようとするシチュエーションは、日常のコミュニケーションではあまりないからだ。 普通のシチュエーションで相手の話にひたすら耳を傾ける人がいたら、不自然な感じがするだろう。
もちろん臨床心理士はそういう技法を身につけており、自然な形で活かすことができるのだろうが、私が考える「コミュニケーション力」はもっと積極的なものである。 それは今回テーマにしている「質問力」に集約される。
すなわち質問するという積極的な行為によってコミュニケーションを自ら深めていく、という提言を本書でしていきたいのだ。 聞くことが大切なのは事実だが、どれだけ深く聞いていたかはその次に自分が発する質問によってはかられる。
聞くだけではなく、質の高い質問をつねに相手に発していく厳しさがなければ、「コミュニケーション力」はなかなか上達しない。 スポーツや芸事を何となくやっていても進歩しないのと同じである。
のコンセプトを理解し、「コミュニケーション力」を高める練習をしてほしい。 「質問力」「質問力」で推しはかられるその人の能力ただ垂れ流して話しているのが普通の会話である。

私たちは生まれてこのかた、ずっとそれをやってきている。 日常会話はそれですむと思っているが、実は私たちは意外にシビつまりコミュニケーション力を、もっとはっきり言えば相手の「質問に相手の実力を、力」をはかっている。
たとえば、あまりにつまらない質問ばかりを発する人間とは会いたくないだろう。 「この人に会ってもムダだ」と相手から判断されてしまうと、他にすばらしい実力があってもなかなかそれを発揮させてもらえない。
つまり、「コミュニケーションカ(質問カ)」はその他の自分の力を発揮する舞台を用意するために、まず必要とされるカなのだ。 建築家の例をとるとわかりやすい。
プレゼンテーション能力やディスカッション能力がなければ、建築家は家を建てさせてもらえない。 「建てればわかる」と主張しても、そんなことでお金を払ってくれるお人好しはいないだろう。
相手にお金を出させて、仕事を請け負うためには、対話の中で相手を納得させなければならない。 ましてや建築のように、建てるまでは現物を見せられないような物を作る場合、「コミュニケーション力(質問力) 」の高さが生命線になるのである。
これまで質問に対する答を問うシチュエーションは無数にあった。 私たちはつねに学校で答える方の質を問われてきたのだから。
だがいちばん大事なことを作ることだと私は思っている。 たとえば数学で超難解と言われた「フェルマー の定理」が先年証明された。

この定理を解いた人は確かにすごいが、一OO年以上も人々を楽しませてきたフェルマーはもっとすごいと私は思う。 そういう問いを発せられたということが、非常に高い能力を有している証拠である。
実は受験勉強や他のすべての試験にパスするヒントもここにある。 問題を作る側に立ってしまえば、テストはあっけないほど簡単に解けてしまう。
あるところまで勉強すると出題者の意図が手にとるようにわかってくる。

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